観劇 劇団四季ミュージカル「リトル・マーメイド」

  名古屋四季劇場のこけらおとし公演であるリトルマーメイドを観てきた。

 まず海の中を浮遊しているかの様に、ずっと体をゆらめかせているキャストの体力に感心する。悪い魔女のアースラのタコ足の動きがリアルっぽく、また迫力のある歌声はお腹に響いてきて、おどろおどろしさが伝わってくる。リアルな動きとしては、エイの動きが水族館で見るそれに本当にそっくりで再現度の高さに驚いた。

 有名曲アンダー・ザ・シーのカラフルで楽しげな海の様子も良かったが、一番気に入ったのは、アリエルの姉達が恋についてあれこれ語るシーン。カラフルで、とっても楽しい気分にさせてくれる。もともと大好きな曲であるキス・ザ・ガールも、とても可愛らしいシーンとなっていて嬉しかった。

 残念に感じたのはリプライズ。以前観にいったことのある四季のミュージカルは、印象に残る曲をうまくリプライズして感情を表現していたと思うが、今回は曲があまり印象に残らなかったので、リプライズだったということに後からプログラムを見て気づく形になってしまった。

 ディズニー映画版のストーリーががあまり記憶にないのだが、一幕の話の進行が非常にゆっくり感じ、逆に二幕は進行が早く感じた。もう少し王子とアリエルが惹かれあうところ、葛藤するところをじっくり見たかった。

 笑ってしまうようなシーンはいくつかあったが、おそらく狙ったのではないシーンで笑ってしまった。アリエルが母を殺したアースラに向かって「人殺し!」と叫ぶシーンと、アリエル父が王子に向かって「海の王、トリトンだ。」と自己紹介するシーンである。アリエルの母親は『人』なの?そして、威厳と風格を保ちながら自ら名乗るロイヤルファミリートリトン王の姿はなんだかシュールである。

 全体的にカラフルな色調と、リアルに表現された海中のゆらめき、魚たちの動きがとても良かった。ストーリーの盛り上がりがもっとハッキリしていたら、より楽しめたかなと思う。

プリンの君

 プリンの君

 小学生の頃、私は母の作るプリンがとても好きだった。ある同級生の男の子も、母が作るプリンを気に入り、食べたいという理由で家に来ることが何度かあった。彼とは趣味が合うわけでなく、何して遊ぶわけでもない。ただ何でもないようなことーたとえば学校の嫌いな先生の話だとか、流行りの芸人だとかーを話して、プリンを食べる。それは特別誰かに語るべきことでもない、たわいもない時間だった。

 ある日、私の家でプリンを食べようと、彼と下校していたところ、同級生から仲が良くていいねと声をかけられた。私は嬉しいような恥ずかしいような気持ちで、曖昧に笑った。彼は身長は高くないものの、スポーツができて可愛らしい顔立ちをしており、クラスの人気者。そんな彼と仲が良いと思われることは、誰かに自慢したいような、でも大事に秘めておきたいような、とてもむず痒い心地だった。
 「おう。友達だし、仲良いよ。」
 彼はさらっと答えた。からかわれることを怖れずに、肯定してくれた彼にときめいたのと同時に、心のどこかに寂しい気持ちがあった。私のことを、そういう対象とは見ていないのだと気づいてしまった。そしてさらに残念なことに、私はその時初めて気づいたのだ。彼のことが好きだった、と。

 中学生になると、部活が始まり忙しくなった。新しい友人も増え、自身の世界が少しずつ変化していき、彼と話すことは少なくなっていったし、ましてや家に来るなんてことは全くなくなった。

 中学卒業が近づく頃、偶然にも彼と一緒に下校する機会が訪れた。彼と、私と、そして私の友人であり彼の恋人でもある女の子との、3人で。いろんな話で盛り上がった。2人の恋愛話は、交際経験のなかった私にとって、とても新鮮なものだった。彼女は、私たちとは別の小学校出身で、彼の小学校時代の話を聞きたがったので、ちょっとした失敗話をばらしてみたりした。彼女はとても喜んで、可愛らしい顔で笑っていた。
 「もう、ハズいからその話終わりにして。ああ、そういやあ、小学校ん時、お前のかーちゃんが作るプリンよく食いにいったな。」
 「へぇ、そうなの?」
 「うん、うまかったよなあ。また食いたいわ。」
 思わずひゅっと息をのむ。言いようのない衝撃が体を駆け巡った。忘れていなかったこと。彼女の前で話題にしてくれたこと。思い出の中と重なる笑顔。それら全てに。
 「プリン作ってくれるなんていいなぁ。うちの親、料理苦手なんだよねぇ…。」
 彼女が羨ましそうに言う。いつも彼女が持ってくる弁当を思い浮かべて、なるほど確かにとこみ上げてくる笑いを堪えながら告げた。
 「もう、最近はプリン作らなくなっちゃったよ。」
 嬉しくて、それでいてやっぱり寂しくなった。

ユーリ!!! on ICE それは寒波とともに

今年一番の寒波が日本を襲った週末。私はひとり、遅延した新幹線を待っていた。

「沼」という表現がある。これは、特定の作品・人物・ジャンル等に対して抜け出せなくなるくらい好きになってしまうことを指すスラングである。ユーリ!!! on ICEという作品においてもツイッターピクシブ等で「ユーリ沼にはまった」と言う方が多数見受けられた。だが私にとってこの作品は「抜け出せなくなってしまう沼」というより、「突然嵐が来て雨風に晒されびしょ濡れになったあげく、いつの間にか川が氾濫し日常生活に支障が出ていた」という方がしっくりくる。いつかは水が引いてまともな生活がおくれるようになるはずだが、しかし溢れ出た水がなかなか引いていかないという状態である。嵐のようと称したとおり、毎週の展開は予想外で驚かされた。早く来週にならないだろうかと、待ち遠しい気持ちにさせてくれるアニメに出会ったのは久しぶりのことであった。私はもともとスポーツアニメはそれほど好きではない。この作品も視聴の予定はなかったのだが、お勧めしてくれた友人に感謝したい。全編見終えて、とても素敵なアニメであったと思う。

始めに、第1話を見たとき、昭和感丸出しのサブタイトルに目を疑った。ダサくて寒いタイトルだが、第1話視聴後には、この作品の雰囲気と第1話のストーリーとを的確に伝えることのできる良いタイトルであると思わされた。主人公の勝生勇利、副主人公のヴィクトル・ニキフォロフ、そして裏主人公ユーリ・プリセツキーの3人を軸として描かれる物語。本格フィギュアスケートアニメと銘打たれていたが、フィギュアスケーターアニメといったほうが正しいだろう。スケートシーンの動きや解説は本格的でありながら、フィクションらしく暗示と隠喩に満ちている。氷上での演技が、他の誰かの心情と重なる。

スケートシーンにかなりの時間を使っているので、その他のシーンは最小限に抑えられていると思う。描かれていない時間を、視聴者があれこれと行間を想像しながら物語を見ることができるのが、魅力の一つである。キャラクターの持ち物やインスタも印象的で、こだわりが見られる。使用されている音楽、風景、小道具などがキャラクターや物語と密接に関わっていることから、考察したがりなオタク心をとてつもなく擽ってくれる。

そして、そんな視聴者が想像する物語を超えてくるのが、このアニメの凄いところだ。第9話までは、ヴィクトルは勇利の動画を見てコーチになることを決めた、つまりヴィクトル主導でのコーチ就任という前提で物語をとらえていた。しかし第10話にて、実は以前に勇利の方からコーチになってほしいと願い出ていたという事実が明かされる。それまで全く語られることのなかった過去ー勇利が酔っていて覚えていなかったからという体であるーが明かされたことによって、また第1話のヴィクトルがどんな様子だったか見たくなる。そして新たに想像をめぐらすことができる。かなり上手いストーリー構成である。TV放送終了後も、今後の彼らはどうなっていくのか、このときキャラクターがこんな行動をとっていたら等と妄想はどんどん膨らんでいった。

そして、冒頭に戻る。1月15日、西日本で大雪が降ったその日、私はひとり東京へと向かった。約8年ぶりのイベント一般参加であった。ファンそれぞれの考察・物語の受けとめ方は様々で、そのどれもが素敵だった。アニメDVDでは、作品のオーディオコメンタリーや一部新規カットや修正があるそうだ。残念ながら私は予算の都合上購入していないのだが、DVDの新しい情報からファンが新たな考察をしてくれることが楽しみで、今後のイベントも参加してみたくなった。

 

追記
感想として語りたいことは多々あるのだが、文章化に慣れておらずもどかしい思いで一杯である。このようなときには、思いついたときに脈絡なくつぶやけるツイッターの有難さを実感するばかりである。

年始のNEWS

2016年から2017年への年越しの瞬間。例年どおり、フジテレビをつけてテレビの前に座っていた。カウントダウンをし、親へ年始の挨拶をしたところで、
「4月からコンサートツアーやりまーす!!遊びに来てねー!!」
なんとも良い笑顔で年始からぶっこんでくれたもんだ、小山慶一郎。ワクワクが止まらないじゃないか、と昂ぶった。春の楽しみができ、この寒さを乗り切る気力が湧いて来る。
NEWSは2016年上半期には春からのツアーや24時間TV等でグループ活動が多かったが、下半期はグループ活動がほとんど無く、失速した感が否めなかった。2017年、年始からぶっとばしてくれた、この勢いのまま下半期まで駆け抜けていってほしい。
1月2日、おみくじを引いてみたところ、中吉であった。
願望:無理に事をなすは悪し時をまて叶う
待人:来たらず音信はなし
争事:ひかえるがよし
さて、NEWSの活躍を願って、ライブチケット争奪戦に参加することとなる私の2017年はどうなるか。楽しみである。

 

追記

カウコン後、眠気を耐えながらCDTVでの新曲EMMA初披露を視聴。ジャケットを使用した振り付けにも関わらず、ジャケットが映えない衣装である。衣装以外には文句は無い。アップテンポながら艶のある歌詞と振り付けで、とても耳に残る曲だった。フルサイズで聞いたときにはまた印象が変わるかもしれないが、良い印象を持った。

後日、ファンクラブ会員限定の動画を視聴。新年の挨拶以上のものを見せてもらったと思う。とにかく楽しそうでなによりという、顔文字で表すところのにっこりした気持ちでいっぱいになった。

さよなら、SMAP

2016年12月31日をもってSMAPは解散する――。
おそらく2年前の自分に言ったとしても信じられないような事である。きっと世間も、そして本人たちも、想像していなかっただろう。
SMAPは、ジャニーズ事務所の看板アイドルとしての地位を確立して久しい。子供からお年寄りまで、その知名度は抜群である。世代間でズレがちな芸能の話題も、とりあえずSMAPのことなら分かるだろうと、会話の架け橋的存在として、私は大変お世話になってきた。

私にとってSMAPは初めてコンサートに行った、忘れがたいグループである。20年程前のことになるが、センター花道の先端から数えて6列目あたりの席だったことを今でも覚えている。そして、あの熱狂的な空間も。初めはテレビの印象から面白いお兄さん達というイメージしか持っていなかった私だが、歌やパフォーマンスに圧倒され、またそれを応援するファンたちの力強さにSMAPというグループの凄さを知った。
印象的だったのは、稲垣氏が逮捕されたために4人で行われたpamS Tourのナゴヤドーム公演だ。稲垣氏が不在のまま行われたコンサートでは、しかしそれでも5人でSMAPなのだという想いが感じられる公演であった。急遽4人での公演となった中で、歌割やステージ構成をまとめあげてきたところに根性を感じ、またハッキリと状況が伝えられないながらもメンバーがした謝罪に、ファンからの声援が飛んでいたことを覚えている。そして、最後に行ったコンサートは、職場のSMAPファンと共に参加したGIFT of SMAPだった。あんなにも観客を盛り上げることができていたのに、どうしてこんな日が来たのだろう。

私の心が、少しずつ彼らから離れていったのはいつ頃だっただろうか。年をとるにつれSMAPへの好意的な気持ちが砂時計の砂が落ちるかのごとく徐々にゆっくりと衰えているように感じていた。それでも27時間テレビでのノンストップライブには熱くなる気持ちがあったはずだ。しかし今となっては、彼らに対する気持ちは、“空白”である。ここが良かっただとか、もっとこうして欲しいだとか、そういった気持ちがわきあがってこないのである。
決定的となったのは、2016年1月18日、SMAP×SMAP放送時間内に行われた緊急生放送での謝罪会見である。私がアイドルに求めるのは、歌唱力の高さではないし、トークの上手さでもない。私を楽しく幸せな気持ちにさせてほしいということだ。SMAPの謝罪会見は、私を暗く悲しい気持ちにさせるものだった。その瞬間、彼らは私にとって“アイドル”ではなくなってしまった。もう砂は落ちきってしまった。時計をひっくり返すこともない。
謝罪会見により、これまでジャニーズファンの間で話題になっていた派閥問題が、一気に一般人の目に晒されるようになり、事務所への批判、個人への批判が多く見られるようになった。事実どんなことがあったのか、彼らがどう思っているのかについて、本人たちの口からハッキリ語られることのないまま繰り返される様々な報道とファンの議論に辟易し、もうSMAPには触れたくないという気持ちにまで至ってしまった。私にとっては、誰が悪いだとかはどうでもよいことで、ただSMAPはもう私を楽しく幸せにはしてくれないという一点のみが重要なことであった。

SMAPを応援してきて楽しい時間があった。その時間は本物のはずなのに、それすら偽りだったかのような、なんとも言えない思い。SMAP×SMAP最終回で放送された、過去の彼らの映像を見ても、解散という結末へ向かうのだと思うと、その眩い笑顔を見ていることができない。SMAPには名曲が多い。曲は曲として、これからも好きでい続けるだろう。けれど、もうSMAPSMAPとして応援する日は来ない。さよなら、かつては幸せを振りまいてくれたアイドル、SMAP――。

 

NEWS LIVE TOUR 2016 QUARTETTO 今更感想

先日発売されたNEWSLIVETOUR2016 QUARTETTOを見た。私はこのライブツアーでアリーナ公演と東京ドーム公演に1回ずつ行ったのだが、いろいろと思うところの多い公演だった。ブルーレイを見て、その時の気持ちを思い出したので、書き残しておきたい。

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グッズ購入同行~Are You Happy?~

友人と職場の先輩が、「チケット当たらなかったけどグッズ買いたい」と言うので、嵐コンサート名古屋ドームでのグッズプレ販売に同行してきた。

 

会場に着いたのは9時30分頃。最後尾を目指し歩き始めるも、一向に見えない最後尾。我々が到着した時点ですでにドームを半周するほどの列ができていた。

実はこの日、友人と先輩はライン上でのやりとりはあったものの、顔を合わせるのは初めてであった。そんな2人が、お互いに人見知りを発揮している様子は、私も人見知りであるので、傍で見ていて面白いような、上手くとりなせず申し訳ないような気持ちであった。しかし並びだして1時間ほどで、申し訳ないというような謙虚な気持ちは消えうせ、とにかく寒い!何とかしてくれ!という思考に脳内が占拠された。

「「「グッズよりも、まず日向をくれ」」」

どこかよそよそしさの抜け切らない我々だが、太陽の暖かさを求める気持ちは同じであった。

結局、グッズを購入できたのは14時過ぎ。およそ4時間30分の待ち時間である。完全に甘く見ていた。しかし、前回公演もグッズだけ購入しに来たが、これほどの待ち時間ではなかったはずである。翌日、ツイッターにて「今日は待ち時間ほとんどない」という趣旨のツイートを見かけ、「一体昨日の修行は何のためだったのか」と哲学してしまった。

グッズ購入後、友人とジャニショへ行って癒され、お酒を一杯ひっかけて盛り上がった。そんな帰宅途中のこと。先輩から友人へ突然の電話。

「制作開放席が当選しました。」

 

こうして、友人と先輩はコンサートへ向かった。今頃は楽しんでいることであろう。Are You Happy?

友人と先輩がHappyであれば、私もHappyである。