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さよなら、SMAP

2016年12月31日をもってSMAPは解散する――。
おそらく2年前の自分に言ったとしても信じられないような事である。きっと世間も、そして本人たちも、想像していなかっただろう。
SMAPは、ジャニーズ事務所の看板アイドルとしての地位を確立して久しい。子供からお年寄りまで、その知名度は抜群である。世代間でズレがちな芸能の話題も、とりあえずSMAPのことなら分かるだろうと、会話の架け橋的存在として、私は大変お世話になってきた。

私にとってSMAPは初めてコンサートに行った、忘れがたいグループである。20年程前のことになるが、センター花道の先端から数えて6列目あたりの席だったことを今でも覚えている。そして、あの熱狂的な空間も。初めはテレビの印象から面白いお兄さん達というイメージしか持っていなかった私だが、歌やパフォーマンスに圧倒され、またそれを応援するファンたちの力強さにSMAPというグループの凄さを知った。
印象的だったのは、稲垣氏が逮捕されたために4人で行われたpamS Tourのナゴヤドーム公演だ。稲垣氏が不在のまま行われたコンサートでは、しかしそれでも5人でSMAPなのだという想いが感じられる公演であった。急遽4人での公演となった中で、歌割やステージ構成をまとめあげてきたところに根性を感じ、またハッキリと状況が伝えられないながらもメンバーがした謝罪に、ファンからの声援が飛んでいたことを覚えている。そして、最後に行ったコンサートは、職場のSMAPファンと共に参加したGIFT of SMAPだった。あんなにも観客を盛り上げることができていたのに、どうしてこんな日が来たのだろう。

私の心が、少しずつ彼らから離れていったのはいつ頃だっただろうか。年をとるにつれSMAPへの好意的な気持ちが砂時計の砂が落ちるかのごとく徐々にゆっくりと衰えているように感じていた。それでも27時間テレビでのノンストップライブには熱くなる気持ちがあったはずだ。しかし今となっては、彼らに対する気持ちは、“空白”である。ここが良かっただとか、もっとこうして欲しいだとか、そういった気持ちがわきあがってこないのである。
決定的となったのは、2016年1月18日、SMAP×SMAP放送時間内に行われた緊急生放送での謝罪会見である。私がアイドルに求めるのは、歌唱力の高さではないし、トークの上手さでもない。私を楽しく幸せな気持ちにさせてほしいということだ。SMAPの謝罪会見は、私を暗く悲しい気持ちにさせるものだった。その瞬間、彼らは私にとって“アイドル”ではなくなってしまった。もう砂は落ちきってしまった。時計をひっくり返すこともない。
謝罪会見により、これまでジャニーズファンの間で話題になっていた派閥問題が、一気に一般人の目に晒されるようになり、事務所への批判、個人への批判が多く見られるようになった。事実どんなことがあったのか、彼らがどう思っているのかについて、本人たちの口からハッキリ語られることのないまま繰り返される様々な報道とファンの議論に辟易し、もうSMAPには触れたくないという気持ちにまで至ってしまった。私にとっては、誰が悪いだとかはどうでもよいことで、ただSMAPはもう私を楽しく幸せにはしてくれないという一点のみが重要なことであった。

SMAPを応援してきて楽しい時間があった。その時間は本物のはずなのに、それすら偽りだったかのような、なんとも言えない思い。SMAP×SMAP最終回で放送された、過去の彼らの映像を見ても、解散という結末へ向かうのだと思うと、その眩い笑顔を見ていることができない。SMAPには名曲が多い。曲は曲として、これからも好きでい続けるだろう。けれど、もうSMAPSMAPとして応援する日は来ない。さよなら、かつては幸せを振りまいてくれたアイドル、SMAP――。