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プリンの君

 プリンの君

 小学生の頃、私は母の作るプリンがとても好きだった。ある同級生の男の子も、母が作るプリンを気に入り、食べたいという理由で家に来ることが何度かあった。彼とは趣味が合うわけでなく、何して遊ぶわけでもない。ただ何でもないようなことーたとえば学校の嫌いな先生の話だとか、流行りの芸人だとかーを話して、プリンを食べる。それは特別誰かに語るべきことでもない、たわいもない時間だった。

 ある日、私の家でプリンを食べようと、彼と下校していたところ、同級生から仲が良くていいねと声をかけられた。私は嬉しいような恥ずかしいような気持ちで、曖昧に笑った。彼は身長は高くないものの、スポーツができて可愛らしい顔立ちをしており、クラスの人気者。そんな彼と仲が良いと思われることは、誰かに自慢したいような、でも大事に秘めておきたいような、とてもむず痒い心地だった。
 「おう。友達だし、仲良いよ。」
 彼はさらっと答えた。からかわれることを怖れずに、肯定してくれた彼にときめいたのと同時に、心のどこかに寂しい気持ちがあった。私のことを、そういう対象とは見ていないのだと気づいてしまった。そしてさらに残念なことに、私はその時初めて気づいたのだ。彼のことが好きだった、と。

 中学生になると、部活が始まり忙しくなった。新しい友人も増え、自身の世界が少しずつ変化していき、彼と話すことは少なくなっていったし、ましてや家に来るなんてことは全くなくなった。

 中学卒業が近づく頃、偶然にも彼と一緒に下校する機会が訪れた。彼と、私と、そして私の友人であり彼の恋人でもある女の子との、3人で。いろんな話で盛り上がった。2人の恋愛話は、交際経験のなかった私にとって、とても新鮮なものだった。彼女は、私たちとは別の小学校出身で、彼の小学校時代の話を聞きたがったので、ちょっとした失敗話をばらしてみたりした。彼女はとても喜んで、可愛らしい顔で笑っていた。
 「もう、ハズいからその話終わりにして。ああ、そういやあ、小学校ん時、お前のかーちゃんが作るプリンよく食いにいったな。」
 「へぇ、そうなの?」
 「うん、うまかったよなあ。また食いたいわ。」
 思わずひゅっと息をのむ。言いようのない衝撃が体を駆け巡った。忘れていなかったこと。彼女の前で話題にしてくれたこと。思い出の中と重なる笑顔。それら全てに。
 「プリン作ってくれるなんていいなぁ。うちの親、料理苦手なんだよねぇ…。」
 彼女が羨ましそうに言う。いつも彼女が持ってくる弁当を思い浮かべて、なるほど確かにとこみ上げてくる笑いを堪えながら告げた。
 「もう、最近はプリン作らなくなっちゃったよ。」
 嬉しくて、それでいてやっぱり寂しくなった。